石狩・旧長野商店 見学

Img_38561 今年の連休も近場で済ませています(^^;) 昨日は市内の河川防災ステーションでやっている「こいのぼりフェスティバル」をちょっと見てきて、千歳川(石狩川の支流)になびいているこいのぼり&さけのぼり&うなぎのぼりを見てきました。サケはまあ北海道じゃあポピュラーな魚ですから分からんでもないですが、うなぎはどうやら市内で養殖をしているそうで...
Img_3865 で今日は、まずは石狩川の河口橋の近く・マクンベツ湿原のミズバショウを見てきました。数年ぶりに行きましたが、遊歩道ができていて、目の前でミズバショウを見ることができるのがとても良いです(^^)
Img_3876 それから石狩の本町地区へ。先日の道新札幌地方版に市の指定文化財「旧長野商店」が移築補修され、今日から一般公開するということが載っていましたので行ってみました。実は私は5年前までこの近くに住んでいたのですが、その頃この旧長野商店は現在の場所(いしかり砂丘の風資料館の隣)ではなくバス通りに面した場所にあって、修復中で周りを工事用のネットで囲まれた状態になっていたんです。それが修復されたということで、これは見に行かなくてはと思いまして出かけた次第です。今日は公開初日ということで市教委の学芸員が解説する見学会もあるというので参加してきました。
 実はこの学芸員というのが、高校時代の同級生でして、うちのサイトでもちょっと紹介している紅葉山49号遺跡の発掘にも携わっていました。彼の話のポイントをいくつか整理しますと...(といってもうちの坊主くんがうろちょろしていたので聞き逃した話もあったと思いますが)

◇修復するにあたり、元々のものと修復したところが分かるように、木の柱や石材など色が若干違っている。
◇普段入れない店舗の二階に上がったが、本来は土壁だったところ、土壁だと木の柱が腐ってしまうと助言されたので、石膏ボードを使い、その上に紙を貼って白くし、漆喰風に復元した。
◇二階の窓ははめ込みだが、その周りの石材にほぞ穴のようなものがある。何か建具のようなものがあったと思われるが、昔の様子を知っている方に聞いても、すでにその状態だったようでわからなかった。
◇店舗の屋根は三角形を組み合わせた?形式(名前忘れました(^^;))だが、石蔵の方は和風の組み方をしている。
◇石蔵の展示品に、長野家で使用していた会席膳があるが、膳や椀だけでなくお櫃、お盆、湯桶などもそろっているものは珍しい。
◇今回の復元で屋根瓦は長野家の出身地である新潟県の瓦を使ったが、後に寄贈があった長野商店の鬼瓦には「札幌区遠藤白石工場謹製」の文字があり、北海道産の瓦を使っていたことが分かった。
Img_3879◇店舗の外に掛かっている看板は古写真を元に復元したが、細かなところが分からず苦労した。
 →「武蘭地」は最初読めなかったが「葡萄酒」と並んで表記されているので、「ブランデー(ぶらんじー)」のこととわかった。
 →槲汁(かしわじる)も最初は柿汁と思ったが、画数が多いし調べた結果、槲とわかった...等々
◇石蔵の外壁が上部は白漆喰仕上げ、下部は石材のままになっているが、修復の参考とした明治20年代の写真でそのようになっているので、そのままとした。
◇石蔵の窓は扇形の石を使ったアーチ窓になっているが、店舗の窓は一見扇形の石を使ったように見える半円形の石を使っている。

 こんなところでしょうか。やはり専門家の話を聞きながら見学すると勉強になります。(もし聞き間違いがあったらご容赦を...)
 その後は、久しぶりに石狩の街をウロウロしながら帰りましたが、楽しい一日でした。

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札幌を旅する

 先日の日曜日、歴史学同好会の史跡ツアーに行ってきました。昨年(千歳・恵庭方面)は行かなかったので、史跡ツアーの参加は初めてでした。ドニチカ切符(土日は乗り放題)で地下鉄を使っての移動でしたが、なかなかハード(?)な一日でした(^^;) (残念ながら参加者が6名と少なかったですが)
 まずは地下鉄南北線札幌駅に集合し、ドニチカ切符を購入、南北線幌平橋駅まで行きました。
(1)伊夜日子(弥彦)神社
IMG_2588 中島公園南端にあります。新潟県の弥彦神社の末社で、明治の末に新潟県から札幌に移住した人びとによって建立されたそうです。昭和45年には太宰府天満宮より菅原道真公を分祀しているそうです。建物自体は20年ほど前に立て直されたものですが、なかなか良い雰囲気でした。
(2)札幌護国神社
IMG_2591 弥彦神社のすぐ側にありますが、明治10年の西南の役で戦病没した屯田兵の霊を明治12年に祀ったのが始まりだそうです。時折、お参りに来る方がいました。


(3)札幌市交通資料館
 また幌平橋駅から南北線に乗り、自衛隊前駅で降りました。その近くの高架下にこの交通資料館があります。資料館の建物自体は小さいですが、その周囲の高架下の空き地にいろいろな車両が展示してあります。(高架下とはいえ野ざらしですので結構痛んでいるものもありましたが) 資料館にはいろいろな模型や札幌の交通の歴史に関するものがいろいろと展示してありましたが、正直こういう方面はあまり興味がないのでよく憶えていません(^^;)
(4)エドウィン・ダン記念館
IMG_2604 また自衛隊駅から南北線に乗り、終点・真駒内駅で降りました。10分ほど歩くと郵便局の近くにエドウィン・ダン記念館があります。エドウィン・ダンについては名前を聞いたことがある程度の知識しかありませんでしたが、クラーク、ケプロンらのような「お雇い外国人」の一人でした。ただしクラーク・ケプロン等はその役割を終えると故国へ帰っていきましたが、エドウィン・ダンは一時帰国したものの再び日本に帰ってきて、日本人女性と結婚し、日本でその生涯を終えました。
 この記念館は、ダンが指導者として活躍していた真駒内種畜場の事務所として建てられた建物で、第2次大戦後、種畜場が進駐軍のキャンプとして接収させられたため、現在地に移築され記念館となったもので、もとの場所は現在自衛隊の駐屯地となっているそうです。内部にはエドウィン・ダンの生涯を描いた23枚の油絵や写真、ダンの遺品などが展示されていて、係員の方がとても詳しく説明して下さいました。また応接室で昼食を取る時にはお茶も出して頂き、大変親切にして下さいました。
IMG_2595 ちなみにダンの御子孫は第2次大戦後日本に帰化し、現在滋賀県の彦根市にいらっしゃるそうです。またあの町村牧場の創始者町村金弥氏もダンの教えを受けた一人で、いまでもつながりがあるようです、って玄関にまちむらのアイスが売ってました(^^;)
 記念館を出てからはそのすぐ裏にある公園のダンの銅像も見てきました。
(5)水天宮
IMG_2608 真駒内駅まで戻り、また南北線に乗って中島公園駅で今度は降りました。歩いてすぐの所に水天宮がありますが、これは明治17年に旧久留米藩士の水野氏が九州久留米水天宮本宮より分祀したもので、祭神を見るなぜか天之御中主神、大国魂神などの他に、安徳天皇、高倉平中宮(建礼門院徳子のこと?)、平二位時(二位尼時子のこと?)などがありました。安徳天皇、二位尼は入水しているからわかるような気がするけど、徳子は救われたんじゃなかったっけ?
(6)豊川稲荷
IMG_2612 水天宮からすすきの方面にしばらく歩くと、豊川稲荷がありました。「稲荷」とはいいますが、本来は玉宝寺という禅寺のようで、東海地方にある妙厳寺・豊川稲荷が本寺だそうです。明治期にあった薄野遊郭の娼妓達を供養し、更には水子供養のために建立されたようです。正面は禅寺、その脇にお稲荷さんと水子地蔵が並んでいるのは、ちょっと不思議な光景でした。
(7)琴似屯田兵屋(琴似神社内)
IMG_2616 このあとすすきの駅から南北線に乗り、次の大通駅で東西線に乗り換え、琴似駅で降りました。そこから10分ほど歩くと琴似神社があります。琴似神社は明治8年に北海道最初の屯田兵として入植した人々が創建した神社ですが、この屯田兵の中には現在の伊達市に入植した亘理伊達家中の人々が少なくなく、亘理伊達家の祖伊達成実を武早智雄神と尊称して祀ったそうです。また、旧会津藩の武士たちも多く入植し、平成6年には会津藩祖の保科正之・土津霊神も合祀されているそうです。
 本殿の右側には屯田兵屋があり、道の指定文化財となっているそうです。
(8)屯田の森琴似屯田記念碑
 琴似神社の道路を挟んで向かい側には西区役所があり、その一角の屯田の森には琴似屯田に関する記念碑が集められています。全部で5つあり、「琴似屯田百年記念碑」「陸軍屯田兵第一大隊第一中隊本部の証」「記念碑(琴似屯田開村記念碑)」「屯田兵本部趾」「琴似屯田兵顕彰碑」が並んでいます。
(9)琴似屯田兵村兵屋跡
IMG_2632 そこからしばらく歩き地下鉄琴似駅の方に戻ると、琴似神社にあったのと似たような屯田兵屋が復元されています。こちらは国指定史跡となっているもので、琴似神社にあるものに比べると、ちょっと小ぎれいかも(^^;) でもいずれにしても冬は寒そうな家です。
(10)札幌カトリック教会
IMG_2636 再び琴似駅から東西線に乗り、バスセンター駅でおり、北の方にしばらく歩くと北一条通に面して札幌カトリック教会があります。ここは明治・大正期に建てられた結構古いものですが、教会堂は最近修復されたのか、随分ときれいに新しくなっていました。教会堂の横にある司祭館は石造りで、明治31年(1898)に建てられたそうです。
(11)旧永山武四郎邸
 札幌カトリック教会からさらに北に進むと、道の指定文化財になっている旧永山武四郎邸があります。永山武四郎は薩摩出身で、屯田兵の創設と指揮に当たり、北海道庁長官も務め、開拓期の北海道において大きな役割を果たしました。この建物の面白いところは普通は廊下などを挟んでいる和室と洋室がつながっているところでして、いかにも明治期の建物という気がします。
 実はこの頃になるとだいぶん移動疲れが出てきてまして、和室の畳の上に座り込んだり、洋室のソファに座ったりして、しばらく休んでいました(^^;)
(12)日本基督教団札幌教会
 それまでも間断なく小雨が降り続いていたんですが、旧永山武四郎邸を出た頃から雨足がひどくなり、この日本基督教団札幌教会に着いた頃にはかなりひどい降りになっていて、外から建物を眺める余裕もなく、急いで教会の玄関の中に入り雨宿りさせてもらいました。資料によると明治37年(1904)創建の石造りのなかなか趣のある建物なんですが、それどころじゃありませんでした(^^;)
(13)旧札幌農学校演武場(札幌時計台)
 まだ雨は降っていましたが少し降りが弱くなったので、最後の目的地時計台へと向かいました。時計台に付いた頃には、汗やら雨やらでシャツが濡れていたので、展示を見るのもそこそこに二階に行き、タオルで頭や首筋を拭い、やっと人心地つきました。着替えたいと思いましたが、バッグに入れておいた着替えのTシャツも雨がしみこんで濡れていたので、あきらめました。まあ、この日行った所の中では、旧永山武四郎邸と時計台は以前行ったことがあったので、ゆっくり休憩させてもらいました(^^;)
 ずっと雨降りでしたが、なかなか楽しい一日でした。
 さて来月は日曜参観日と重なっていて、参加できませんが、10月は北大の河内教授に「後白河天皇の実像」と題して、お話しして頂くことになっていますので、楽しみです。

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室蘭・登別を旅する

 お盆休みの最終日、久しぶりに遠出に出かけました。本当に久しぶりで、嫁さん・まあくんと3人でのお出かけとしては、初めて千歳より遠いところへ行きました(^^;)
 でも正直なところ、その最大の目的は室蘭の崎守町にある南部藩陣屋のポロシレト台場勤番所跡に行くこと、あとは室蘭・登別方面のチャシの位置をもう一度確認することでした。お城関係巡りとしては、去年の関西旅行以来1年ぶり、道内の陣屋・チャシ巡りとしては、旭川周辺のチャシ巡り以来3年ぶりとなります(^^;) とうとう禁断症状(?)に耐えきれず、行くことにしましたが、1人で行くわけにもいかず3人でのお出かけとなりました。問題は室蘭まで高速で行くとしても2時間はかかるので、まあくんがおとなしくしていられるかということでしたが、案ずるよりも産むが易しといいますか、途中お昼寝してましたので問題なしでした(^^;)
 途中、樽前SAに止まり、売っていたシシャモの磯焼きと夕張メロンアイスを味わいました(^^)
IMG_2540 昼過ぎに室蘭に着くと、まず向かったのがポロシレト台場勤番所跡で、ここは現在崎守神社となっています。ナビに従って進むとあっさりと「史跡 モロラン陣屋台場跡番所跡」の碑を発見!嫁さんとまあくんを車に待たせて、碑の横の入り口から神社の社殿の方に進むと、その横の方に「史跡東蝦夷地南部藩モロラン陣屋跡ポロシレト台場勤番所跡」と書かれた説明板があり、それによるとここは安政3年(1856)にペケレオタ(現陣屋町)のモロラン陣屋とともに築いたもので、ここと対岸の絵鞆岬の台場と陣屋の三方向から砲撃して異国船を打ち払うという布陣だったそうです。この説明板のすぐ上が勤番所跡で、草が伸びていてわかりにくいですが、方形の土塁で周囲を囲んでいます。
 そこから社殿の前にある石段を下ると、途中一段高くなった平場があり、そこに「砲台跡」という看板が立っています。ここも草が伸び放題で地形は良く分かりませんが、確かに砲台を置く台場としては良い位置かもしれません。一瞬草藪に突入しようかなとも思いましたが、この日草藪にはいるつもりはなかったもんで半ズボンでしたので断念しました(^^;)
IMG_2550 車に戻り、坂道を下りながら戻ってくると、登り口の所に何か碑があるので、車を停めてみてみると「ムロラン地名発祥の地」と書かれた碑(というか標柱)でした。『北海道の地名』によると、室蘭の語源はアイヌ語の「モ・ルラン」、正確にいえば「モ・ルエラニ」(小さい・坂の意)とのことなので、この坂がその「小さい坂」なのでしょう。
IMG_2552 このあと白鳥大橋を渡り、対岸にある水族館の駐車場に車を入れ、持ってきたおにぎりをほおばりながら昼食です。実はこの駐車場のすぐ横にある海のある北側に向かって突き出た台地の先端部がハシナウスチャシのあったところのようです。『日本城郭大系』に載っている大正時代の地図と現在の地図を見比べてここだろうと推定しました。今はすっかり宅地と化してまして、その先端部の斜面も芝が張られてしまっていますが、いかにもチャシがあったろうと思わせる地形でした。
IMG_2555 昼ご飯が終わった後は、せっかく来たので、まず水族館に入場。外にアザラシやペンギン・トドなどがいて、アザラシくんがおすわりをして出迎えてくれました(^^;) その横に水族館の建物があり、館内には魚など水生物がいました。でも水族館の前の広場にはたくさんの子供用の遊具がいっぱいで、あそこは水族館というより、半分遊園地でしたね。この日も暑かったんで、遊具では遊ばず早々に退散しました(^^;) IMG_2559
それから道路を挟んで向かいにある道の駅・みたら室蘭にも行きました。ソフトクリームを食べながらしばらく涼んでましたが、ここから眺める白鳥大橋もなかなかきれいなので一枚写真を撮ってきました。
 そのあと絵鞆岬に行きまして、岬からの眺望を堪能しましたが、実はここにもエンルムチャシ・ポンエンルムチャシという2つのチャシがあったそうです。IMG_2564
実は事前にきちんと位置を確かめていなかったので、あとから気づいたのですが、チャシがあったのは今絵鞆岬の展望台があるところではなくて、それより北側のマリーナとなっているところの一番西側の裏山の辺りのようです。写真の赤丸の辺りだと思うんですが、もう一度確かめてこなくちゃいけません。
 ところで実は私、20年前に室蘭に10か月ほど住んでいたことがありまして、そのころ住んでいた職員寮(今は建物は無く、駐車場になってます)とか働いていた職場にちょっとより、車窓から眺めましたが、何とも懐かしかったですね。
 そして今度は登別に向かいました。といいましても、温泉がある方ではなくて、幌別ダムの近くの郷土資料館の方です。ここには数年前に嫁さんと来て以来2回目ですが、この日は休館日でした。IMG_2572
でも実は目的地は郷土資料館ではなくてそのすぐ近くにある幌別ダムの東側にある台地でして、そこが来馬チャシの場所です。チャシ自体はダムの建設の際に破壊されてしまったようですが、水辺に面した台地の先端部分といういかにもチャシにふさわしい立地でした。
 そして今度は登別東インターから道央道に乗り、またもや樽前SAでシシャモとハスカップソフトを味わいまして、自宅まで帰りました。こういう時自宅の近くに高速のインターがあるというのは便利です(^^)

P.S.
 家に帰ってから、高速料金のレシートを見て、ハイカが来年の3月末で使えなくなるというのを知りました。道路公団のサイトを見ると、偽造カードが非常に多くその対策としてというようなことが書かれていましたが、ETCへの利用促進のためという面も当然あるんでしょうね。でもうちは高速に乗るのは年に数回なんてのは、わざわざETCを付ける必要もないんで、ハイカが無くなるというのは私のようなユーザーの切り捨てにしか思えないんですが。何か他に方法無かったんですかねえ... どうも道路公団の怠慢に思えてしまう...

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サケをとらえる?

 土曜日が学習発表会でしたので、日曜月曜とお休みでしたが、昨日は千歳のサケのふるさと館に行ってきました。実は「仕事」では行ったことがあるんですが、プライベートでは初めてでした。(本当は二回目なんですが、一回目の時は時間が遅くてサケのふるさと館に入れませんでしたので)
 「仕事」で行ったのは去年の9月上旬でしたので、時期が早かったんですかねえ、千歳川の中をカラス窓越しにのぞける水中観察室が一番奥にあるんですが、その時はほとんどサケの姿が見えませんでした。(ふるさと館の外にある橋の上からはサケの姿がよく見えたんですが)
 でも今回は時期が良かったのか、サケがタマゴから孵っているところや、大水槽でのエサやりも見れましたし、奥の水中観察室でもサケが通るところがしっかり見れました。動きが速くてうまく写真には収められませんでしたけど...
↓こんな感じでブレちゃいました(^^;)
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 今回はそれほど期待していたわけではなかったんですが、思わぬ拾いものをしたような感じで、良かったです(^^)

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当サイトが読売新聞北海道版で紹介されました!

 当サイトが読売新聞北海道版5/8付夕刊の「You Yomi Hokkaido」土曜日夕刊隔週掲載「電脳注目サイト」という欄で紹介されました!


 上記の画像をクリックすると、読売新聞のサイト内の「電脳注目サイト」紹介ページが開きます。

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松前城 復元工事終了!

 北海道新聞12/18付朝刊によりますと、「ふるさと歴史の広場事業」により4年計画で進められていた松前城(福山城)の復元工事がこのほど終了したそうです。

 本年度は、城の南東部、外堀の内側の二ノ丸と、外側の三ノ丸周辺の整備が進められ、天神坂門や大砲が収められていた七番台場覆屋、漆喰を塗った土塀が作られたそうです。

 天神坂門は幕末に撮られた写真をもとに設計され、高さ約5.9m、幅約3.9mで、2000年に完成した搦手二ノ門と同じ造り(高麗門)ですがやや小さめで、京都の宮大工が切り込みを入れた青森産ヒバ材で組み立てたそうです。天神坂門の写真も載っていますが、確かに搦手二ノ門とそっくりです。
 それから、その写真では門の奥に土塀と天守が見えていますので、昨年のFSIROの道南オフの時のように門の奥に天守が見える写真を撮ることができそうです(^^;) (でもまた腹ばいにならなくちゃいけないかなあ?)

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ユクエピラチャシ 発掘、復元へ

 北海道新聞7/5付朝刊によりますと、十勝管内陸別町教育委員会は文化庁の整備事業の一環としてトマム地区の国指定史跡ユクエピラチャシの発掘をはじめました。
 ユクエピラチャシは広さ7.4haに及ぶ国内最大級のチャシで、2004年度以降は保護のための整備を本格化し、2006年度までに小高く盛り上がった三つの砦跡、堀の外側の白色の盛り土、当時の木さくの柱などの景観を復元するそうです。
 また、チャシ西側の丘に展望・案内施設、駐車場も開設し観光客の受け入れ態勢も整えるとのことです。

 私は、このユクエピラチャシに1999年の夏・今年の5月と2回行っていますが、チャシとしては本当に規模が大きいです。私が今まで見たチャシは、ほとんどがせいぜい深さ1~2mの堀しかありませんが、ここは堀も3~4mほどもあってかなり深く、ちょっと感激してしまいました(^^) まあ本州の方が見るとこんなものかと思うかもしれませんけどね(^^;)
 いずれにしても楽しみなことです(^^)

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北海道・東北史研究会 「函館シンポジウムII」

 北海道・東北史研究会「函館シンポジウムII」の開催要項が届きましたのでご紹介します。
 興味がおありの方は是非ご参加下さい。私は予定があっていけそうにありませんが...(^^;)

【北海道・東北史研究会 「函館シンポジウムII」】
 主催:北海道・東北史研究会
 後援:函館市・函館市教育委員会・函館日ロ交流史研究会・
     函館からトラスト事務局
 会場:函館市青少年研修センター
     (函館市谷地頭5-14 TEL:0138-23-5961)
 日時:2002年7月27日(土)~29日(月)

 参加費:入場料は無料ですが、資料代が1000円必要です。
 シンポジウムテーマ:
「日本の北方地域と北東アジア」

《日程》
 第1日目:7月27日(土)

  13:30 主催者挨拶・・・田端宏(北海道・東北史研究会会長)
  13:50 講演「ロシアの東北進出とサハリン島」
   トリョフスビャツキー・アナトーリー
      (ロシア極東国立総合大学函館校)
  15:00 地域研究とまちづくり事例報告
    「開港地函館における箱館奉行所建築の意味」
      田原良信(函館市教育委員会)
    「港町函館の建築文化―旧ロシア領事館を中心に―
                       玉井哲雄(千葉大学)
    「近代化遺産としての函館山要塞」保科智治(市立函館博物館)
    「地域に生きる博物館
      ―函館博物館120年の歩み―」長谷部一弘(市立函館博物館)
  19:00 市民創作野外劇参加・見学(チケット代1800円)
第2日目:7月28日(日)
   9:30 テーマ提起と研究報告
    「遺構・遺物から見た館とチャシ」
      松田輝哉(上ノ国町教育委員会)
    「地図からみた北方経営
      ―幕末日本で作成された絵図・地図を中心に―
      山田志乃布(法政大学)
    「ロシア革命で被害を受けた日本人
      ―函館を中心に―」清水 恵(函館市史編さん室)
    「樺太「残留ロシア人」の歴史
      ―住民から見た国家・領土―
      板橋政樹(日本ユーラシア協会)
  13:20 アルセニエフ博物館と市立函館博物館との
       姉妹提携セレモニーと記念講演
    「函館―ウラジオストク:歴史的関係と協力の展望
       ルスナク・スヴェトラーナ(アルセニエフ博物館)
  15:00 シンポジウム
  18:30 懇親会
       (会費5000円<ロープウェイ代込>函館山展望台レガート)
 第3日目:7月29日(月)
   9:00~15:00 巡見(会費1500円<ロープウェイ+昼食代込>)
    市立函館博物館企画展見学・函館山要塞見学・
    西部地区町並み再発見

 問い合わせ先
  北海道教育大学函館校 根本直樹研究室内
   (〒040-8567 函館市八幡町1-2 TEL/FAX:0138-44-4262)

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講演「掘り出された矢不来館」

 今年の夏に上磯の矢不来館・矢不来台場などを案内してくださった落合治彦さん(上磯地方史研究会会長)から次の講演の案内をいただきましたのでご紹介します。

【講演「掘り出された矢不来館」】
 中世の和人の館である「矢不来館」発掘調査の成果は、北海道の歴史を解明する貴重な手がかりとなるものです。ご来場をお待ちします。(講演会パンフより)

 主催:上磯地方史研究会
 会場:上磯町総合文化センター「かなでーる」2階 中会議室
 日時:2001年11月25日(日) 13時~16時

 演題:「矢不来館跡発掘調査の成果と意義」
  講師:森 靖裕(上磯町教育委員会主査)

 コメント「矢不来館築城の背景を探る」
  コメンテーター:松崎水穂(上ノ国町教育委員会主任学芸員)

 講演の後、講師による展示出土品の説明があります。


 是非行きたいところですが、この日はすでに予定があって行けません(T_T) 悔しい...

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北海道・東北史研究会 「水戸・那珂湊シンポジウム」

 北海道・東北史研究会「水戸・那珂湊シンポジウム」の開催要項が届きましたのでご紹介します。
 興味がおありの方は是非ご参加下さい。私は行く予定はありませんが...(^^;)

【北海道・東北史研究会 「水戸・那珂湊シンポジウム」】
 主催:北海道・東北史研究会
 会場:ホテルレイクビュー水戸
    (水戸市宮町1-6-159 TEL:029-224-2727)
 日時:2001年7月29日(日)~30日(月)

 参加費:1500円(レジュメ代込み、学生は1000円)
 シンポジウムテーマ:
  
「太平洋海運と北方世界II―北と南を結ぶ水戸・那珂湊―」

《日程》
 第1日目:7月29日(日)

 ◎講演・報告・シンポジウム・懇親会
  10:00 開場
  10:15 開会・趣旨説明(北海道・東北史研究会)
  10:30 講演「近世那珂湊と海運」
          …佐藤次男氏(元茨城県立歴史館史料部長)
  13:00 報告1「瓦三題噺―坂東と陸奥―」
          …山路直充氏(市川市立市川考古博物館)
      報告2「常陸国・陸奥国における海運拠点について」
          …綿貫友子(大阪教育大学)
      報告3「近世後期の奥筋廻船と那珂湊」
          ……斎藤善之(東北学院大学)
  15:30 シンポジウム
    「太平洋海運と北方世界II―北と南を結ぶ水戸・那珂湊―」
      パネリスト:佐藤次男+山路直充+綿貫友子+斎藤善之
      司会:樋口知志(岩手大学)+浅倉有子(上越教育大学)
  17:00 終了
  18:00 懇親会(ホテルレイクビュー水戸)
      会費:7000円(学生・院生6000円)
 第2日目:7月30日(月)
 ◎巡検:バス巡検「水戸・那珂湊をあるく」
   9:00 出発(ホテルレイクビュー水戸)
    巡検予定地:湊公園(文武館、反射炉)、酒列磯前神社、
      那珂湊願入寺、大洗磯前神社、大洗マリンタワー、
      大貫運河跡(涸沼川、松波勘十郎堀のひとつ)ほか
  16:00 解散(JR水戸駅南口)

 問い合わせ先
  北海道教育大学岩見沢校 谷本研究室
   (〒068-8642 岩見沢市緑が丘2-34
      TEL/FAX:0126-32-0317
      E-mail:tanimoto@iwa.hokkyodai.ac.jp)

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バス見学会「沙流川沿いのチャシをめぐる」

 北海道開拓記念館の行事で、チャシ関連のものをもう一つ見つけてしまいました(^^;)

【バス見学会「沙流川沿いのチャシをめぐる」】
 日時:平成13年9月30日(日) 9:00~17:00
 場所:平取町など
 講師:右代啓視、山田悟郎(開拓記念館職員)
 対象:一般
 募集人数:40名
 事前応募:8月31日から受付
※「沙流川沿いでみられるチャシを見学して、それぞれの構造を比較しながら、チャシの役割について考えます。」(北海道開拓記念館HP掲載の説明文より)
※ こりゃあ、是非とも参加せねば...

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各種展示等、3件

 これらも道立図書館にてパンフレットを見つけたものです。

【日本の美とこころ 桃山から近代・絢爛たる500年の粋】
 日時:2001年6月5日(火)~7月22日(日)
    午前10時~午後5時(展示室への入場は午後4時30分まで)
    休館日/月曜日
 場所:北海道立函館美術館
 観覧料:一般830(670)円、高大生510(410)円、小中生300(250)円
     ※( )内は10名以上の団体料金

※「東京富士美術館蔵の絵画、版画、漆工、陶磁器、武具、書など約70点の作品によって、桃山から近代まで半世紀(三世紀の間違い?)にわたる日本の美術を展望します。」とパンフレットにはあります。行ってみたいですが、何せ遠い...

【よみがえる北の中・近世 掘り出されたアイヌ文化】
 日時:2001年6月2日(土)~7月1日(日) 市立函館博物館
     午前9時~午後4時30分(観覧は午後5時まで) 休館日/月曜日
  入館料:一般300(240)円、高大生200(160)円、小中生100(80)円
  記念講演会:6月16日(土)午後2時~
       「13~17世紀のアイヌ民族の歴史と文化」
          講師:榎森 進(東北学院大教授)
          会場:函館市芸術ホール 入場無料
  バス巡検:6月17日(日) 「勝山館を見にいこう」 参加費500円

 日時:2001年7月14日(土)~8月19日(日) 苫小牧市博物館
    午前9時30分~午後5時(入館は午後4時15分まで)
    休館日/月曜日、海の日(7月20日)
  入館料:一般・大学生300(240)円、高校生200(140)円、
      小中生100(70)円
  基調講演:7月15日(日)午後1時~
   「よみがえる北の中・近世―掘り出されたアイヌ文化―」
       講師:菊池徹夫(早稲田大教授)
       会場:アイビー・プラザ 入場無料

 日時:2001年9月1日(土)~10月7日(日) 釧路市立博物館
     午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)
     休館日/月曜日、9月15日、9月23日
  入館料:一般・大学生360円、高校生210円、小中生100円
  バス巡検:9月2日(日)
   遺跡見学会「アイヌ文化と北方文化―出土資料からの比較―」
       参加費1000円

※ 上国の勝山館、沙流川流域の遺跡群、千歳市内の美々8遺跡などから出土した遺物などを中心に展示されるようです。苫小牧なら行けるかも...でも6月17日のバス巡検はFSIROの道南オフと重なっておりますねえ。どこかであったりして(^^;)

【だて縄文の丘 史跡北黄金貝塚公園】
  併設/北黄金貝塚情報センター

 開園期間:6月2日~11月30日(期間中は無休)
 開館時間:9時~17時(入館無料)
 記念式典
   6月1日(金)19:00
    オープン記念講演「縄文世界における北黄金貝塚人」
      講師:小林達雄(國學院大教授)
      会場:伊達信用金庫本店コスモスホール
   6月2日(土) 記念式典&記念植樹 会場:史跡北黄金貝塚公園
※ 期間中は「縄文体験メニュー」として模擬体験発掘、石斧づくり、黒曜石のナイフづくり、弓矢づくりなどをすることができるそうです。北黄金貝塚は以前一度だけ行ったことがありますが、まだよく整備されていなくて、どこなのかよくわからず帰ってきたことがありますので、そのうち一度行ってみましょうか。

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北海道開拓記念館第52回特別展

 本日、道立図書館にて北海道開拓記念館開館30周年記念事業ポスターを見ていたら、こんな企画を見つけました。(開拓記念館のホームページでも確認しました。)


【北海道開拓記念館第52回特別展
  「知られざる中世の北海道―チャシと館の謎に迫る―」】

 平成13年9月7日(金)~11月4日(日)
「元が襲来し北条時宗が活躍した時代、北海道ではなにが起こったのか? 本州から北海道、サハリンにかけてみられるチャシや館とよばれる構築物はこの時期のアイヌと和人との関係を探る上で鍵となる遺跡とされています。枝幸町ウバトマナイチャシをはじめ、ここ数年の発掘で話題となった資料を公開し、中世北海道の謎を探ります。」(北海道開拓記念館HP掲載の説明文より)
【特別展関連シンポジウム 「チャシと館の時代」】
 平成13年10月13日(土) 10:00~16:00
  会場:かでる2・7
  講師:菊池徹夫氏(早稲田大学教授)
     工藤雅樹氏(福島大学教授)
     榎森進氏(東北学院大学教授)
     右代啓視(開拓記念館職員)
  コーディネーター:小林真人(開拓記念館職員)
 ※「鎌倉・室町時代の北海道は謎につつまれ、「空白の中世」と呼ばれています。この時代、先住のアイヌ民族は、南では武家国家と、北では中国の元・明朝と直接に接触し、その交流や緊張の中で民族としての求心力を高揚し、土器文化を捨て、新しい文化の形成に向かいます。第52回特別展「知られざる中世の北海道」に関連し、中世の北海道について、最新の成果を反映させながら、アイヌ民族が築いた砦としてのチャシや、渡島半島南部に展開した和人系集団が残した館に象徴されるこの時代の実像に迫ってみたいと思います。」(北海道開拓記念館HP掲載の説明文より)
 募集人員:300名
 事前応募:9月14日より受け付け、
      申込みは北海道開拓記念館011-898-0456まで。

※ これは是非にも行かねばなるまいってとこですね。楽しみ~(^^)

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松前城搦手二ノ門、完成

 12月8日付北海道新聞松前城搦手二ノ門に関するニュースが出ていたという情報を得ましたので、ご紹介します。

 私も今年の8月に松前城を再訪して、その時に搦手方面の復元が進んでいたということを、うちのサイトの松前城の項にも書きましたが、このたび搦手二ノ門が完成したそうです。 この門は、高麗門形式の門で、棟の高さは約6.5m、両側の鏡柱間は約4.8m、青森産ヒバ材を使い、扉には銅の筋金金物を縦に入れ、城門らしい堂々とした造りになっているとのこと。瓦も発掘調査で出土した瓦を型にして、模様まで忠実に再現されたそうです。
 復元に当たっては、幕末に撮った一枚の古写真をコンピュータを使って解析し、棟や冠木の高さなどを割り出し、1854年(安政元年)の築城当時そのままの姿で元の場所に甦らせたそうです。
 また、来年度は延長120mに及ぶ土塀、平成14年度には天神坂門が復元されるとのことですので、蝦夷地唯一の近世城郭としては見逃せないものになりそうです。

石積みの裏の栗石が見えますね。
これは門の内側(天守側)から見た所です。
これは門の外側から見た所です。
 上は8月に撮影した搦手二ノ門の石垣の写真ですが、来年は完成した門を見に行かなくてはいけませんねえ。
  *北海道新聞の記事はこちら

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北海道埋蔵文化財センター開館1周年記念講演会

 北海道埋蔵文化財センターで開館1周年記念の講演会が開かれましたので行ってきました。以下はその概要です。

「北海道考古学の諸問題~チャシをめぐって~」
          東京大学文学部教授 宇田川洋氏
     チャシの定義の問題
     チャシの機能の問題
     チャシ研究史の問題
     全面発掘調査からの問題
     サハリンでのチャシの問題
     新たな問題
     トコロチャシの調査成果からの問題

 内容的には以上の7つでしたが、1~3については当サイトの「城とチャシの部屋-道内のチャシ」のコーナーで記述したことのうち「(1)チャシという言葉、(2)チャシの分類、(3)チャシ研究小史、(4)チャシの機能」とほぼ同じですので省略します。ただ、今のところチャシと思われるものは全道で545ヶ所あり、最終的には700ヶ所ぐらいはあるだろうということ、それからユーカラなどの伝承に出てくるチャシが高い峰の上にあるものばかりなので、本来のチャシはそういう高い山の上にあったものであろう、だから山の頂部に作られている丘頂式といわれるチャシは古いタイプのチャシだろうというお話がありました。

 では全面発掘調査の行われた釧路町遠矢第2チャシ・釧路市フシココタンチャシ・弟子屈町サンペコタンチャシ・瀬棚町瀬田内チャシ・門別町トニカチャシ・平取町ユオイチャシ・同ポロモイチャシ・深川市内園2チャシ・音更町十勝川温泉チャシについて説明がありましたが、遺物がほとんど出ないチャシがあったりなどして、なかなかチャシの全貌が明らかにされるまでには至っていないというお話がありました。

 ではサハリンにおけるチャシには3種類あり、タイプ1:中国タイプの大型ゴロディシチェ(*)で、方形あるいはコの字形の壕・土塁などを持つもの、タイプ2:本来のチャシで天然の岩場や岬に壕と土塁を配するもの、タイプ3:自然の集落チャシで、築城的な手を加えていないものに別れるそうです。ただ最近発掘されたベロカーメンヤナチャシ(旧初子浜チャシ)はタイプ2の本来的なチャシの形態なんですが、発掘遺物などから考えて10~11世紀頃のものと思われ、一般的に考えられているチャシの年代(16~18世紀)とは大きなズレがあるとのことです。

 では古代防御性集落・環壕集落・高知性集落の問題を取り上げ、これらには集落のうち主要な数軒を壕・土塁などで区画し、後背地に集落の主体部を配置する「上北型」と大型で集落全体を壕・土塁等で囲む「津軽型」があり、これらと酷似した遺跡が北海道でも松前町原口館遺跡・乙部町小茂内遺跡・上ノ国町ワシリチャシ?など発見されている。これらの遺跡の年代は11世紀頃と考えられ、これらのチャシに似た遺跡がサハリン・東北北部・道南とチャシを挟むように発見されており、今までのチャシは16~18世紀のものという認識が今後崩されていくのかもしれないということをおっしゃっていました。

 では最近発掘された常呂町トコロチャシの発掘の様子の報告でしたが、珍しいことにここからは男性の人骨が埋められた土坑墓が発見されたそうです。

 * ゴロディシチェというのは防塞施設を持った都市及び村落の遺構のことで、ヨーロッパロシアからシベリアにかけて分布しているものです。

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弁天歴史公園に「快風丸」の模型展示

 我が石狩本町地区では23日・24日と「石狩さけまつり」が開催されましたが、それにあわせ旧石狩医院敷地に「弁天歴史公園」が開園しました。それを記念して公園内の運上棟のホールに快風丸の模型(水戸市立博物館所蔵)が展示してありました。

 快風丸というのは彼の水戸黄門こと徳川光圀公が南部・津軽両藩の助力で10年がかりで建造した船で、元禄元年(1688)石狩に派遣しています。この船は、長さ27尋(約40.9m)、幅9尋(約13.6m)、帆柱の高さ18尋(約27.3m)、木綿500反の帆と40丁の櫓を備え、海図や磁石、コンパスなど近代的な装備を持った船だったそうです。船長以下65人の水夫が乗り込み3年分の食料を積んで元禄元年2月那珂湊を出発し、松前藩に西蝦夷地行きの了承を得、6月に石狩川河口に到着しました。その後40日余り停泊し、地理やアイヌの生活などの調査も行いました。調査後、熊皮、干鮭、船で塩引きした鮭、ラッコ皮、トドの皮などを積んで水戸に帰国しました。


快風丸の模型の写真その1
快風丸の模型の写真その2
 ちなみに石狩限定なのかどうかは知りませんが、「快風丸」というラーメンが市内で売っております。そういえば、水戸光圀公は日本で初めてラーメンを食べたとかいう逸話がある方ですので、これも縁ということでしょうか?

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旧笹波家住宅修復現場公開&特別講演会

 本日、上ノ国町教育委員会より次のような案内が来ましたのでご紹介します。

【重要文化財旧笹波家住宅修復現場公開&特別講演会】
 日時:2000年10月14日(土) 午前9時30分~
 場所:上ノ国町総合福祉センター「ジョイじょぐら」
 主催:財団法人 文化財建造物保存技術協会
 共催:上ノ国町、上ノ国町教育委員会
 後援:文化庁、北海道教育委員会、(社)全国国宝重要文化財所有者連盟
 日程:9:30 受付開始
     9:45 現場見学会(バス2台に分乗)
         旧笹波家住宅、国指定史跡上ノ国勝山館跡
    12:15 昼食休憩
    12:45 平成12年度発掘調査速報展&町内所在建造物パネル展示
    13:45 特別講演会(終了予定 15:30)
         「アイヌ家屋とニシン番屋」
           講師 長岡造形大学教授 宮沢 智士 氏
                      
(建築史・保存修復学)
 参加料:無料
 申込先:〒049-0611 北海道檜山郡上ノ国町字大留100番地
            上ノ国町教育委員会 文化財課 渡部
             TEL 01395(5)2230 FAX 01395(5)1044
 申込期限:2000年10月6日(金)

 旧笹波家は天保年間、五代目能登屋久右衛門創建と伝わるもので、江戸期の現存民家としては道内で最古に属するものです。平成4年に重要文化財として指定されましたが、傷みが激しく昨年から保存修理事業に着手、平成14年の暮れに完成予定だそうです。
 また発掘調査速報展は平成12年度に夷王山墳墓群(勝山館跡)、洲崎館跡、比石館跡等から出土した遺物等を陳列展示するそうです。

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北海道埋蔵文化財センター・チャシ写真展&講演会

 先日、北海道教育委員会のHP内にある北海道埋蔵文化財センターのページを見ていたら、こんなのを見つけました。(2000.7.3)
 本日、チャシ写真展を見てきましたので、その情報を付け加えます。(2000.9.15)

【北海道埋蔵文化財センター】
《展示公開》
 平成12年9月12日(火)~11月26日(日) 「チャシ写真展」

 釧路市のモシリヤチャシ、常呂町のトコロチャシ、陸別町のユクエピラチャシ、平取町のユオイチャシ・ポロモイチャシ、枝幸町のウバトマナイチャシ等の写真が展示してありました。遺物の展示やロシア・サハリン州の初子浜チャシ(ベロカーメンヤナチャシ)の写真の展示もありました。

《講演会》
 平成12年11月11日(土) 13:30~15:00
    第2回講演会:開館一周年記念講演会
     「北海道考古学の諸問題~チャシをめぐって~」東京大学文学部教授 宇田川洋氏

 宇田川氏は北海道チャシ学会の委員の一人で、『アイヌ伝承と砦(チャシ)』『アイヌ文化成立史』『アイヌ考古学』(以上、すべて北海道出版企画センター)など、チャシに関係する著作もお持ちの方です。
   埋文センターでもらったパンフレットによると「開館1周年を記念して東京大学常呂実習施設をフィールドに活躍する宇田川教授に、アイヌ期のチャシについてさまざまな角度からお話をいただきます。」とのこと。非常に楽しみです(^^) (この日は休みだし...)

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北海道東北史研究会「石巻シンポジウム」の案内

 北海道・東北史研究会「石巻シンポジウム」の開催要項をもらいましたのでご紹介します。
 興味がおありの方は是非ご参加下さい。私は行く予定はありませんが...(^^;)

【北海道・東北史研究会 「石巻シンポジウム」】
 主催:北海道・東北史研究会(石巻シンポ実行委員会)
 共催:石巻市教育委員会 後援:石巻千石船の会/石巻古文書の会
 会場:石巻文化センター(石巻南浜町1-7-30 TEL:0225-94-2811)
 日時:2000年7月29日(土)~31日(月)


《日程》
 第1日目:7月29日(土)

 ◎第1部 講演会「港町石巻の歴史展望」
  13:00 開会
  13:30 講演1「港町石巻の歴史と風土 ―異国文化との交流―」
               …石垣 宏氏(石巻高校)
  15:10 講演2「中世港町研究の課題」…村井章介氏(東京大学)
  18:00 懇親会(石巻グランドホテル)
 第2日目:7月30日(日)
 ◎第2部:研究報告「三陸・北上流域から見た歴史像の再検討」
   9:00 開場
   9:15 テーマの趣旨説明…実行委員会・事務局長
   9:30 報告1「古墳時代の石巻
           ―新金沼遺跡発掘調査の結果から―」
               …芳賀英実氏(石巻教委)
  10:30 報告2「山海両道の蝦夷と北上川」…熊谷公男氏(東北学院大)
  11:30 報告3「三陸沿岸出土の中世陶磁器類」
               …相原康二氏(岩手県中央図書館)
  13:30 報告4「三陸水産業から見た近世・近代
             ―水産資源保全と対外貿易―」
                  …高橋美貴氏(東北大)
 ◎第3部:シンポジウム
      「太平洋海運と北方世界―北と南を結ぶ石巻―」

  14:45 パネリスト:石垣宏氏/村井章介氏/芳賀英実氏/
            熊谷公男氏/相原康二氏/高橋美貴氏
      司会:大平聡氏(宮城学院女子大)/
         菊池勇夫氏(宮城学院女子大)
  17:00 終了
 第3日目:7月31日(月)
 ◎バス巡見「南北世界の交差点・石巻を歩く」
   8:30 集合(石巻グランドホテル)
      徒歩にて●住吉地区(毛利邸~観慶丸)
          ●門脇地区(南部・一関・仙台など諸藩蔵跡)
  10:00 乗船 門脇河岸~中瀬・袋谷地・井内地区を川から眺める
  10:30 下船 ●石井閘門・運河資料館見学
  11:00 バス ●日和山(石巻眺望・鹿島御児神社・葛西氏居城跡)
          昼食
  13:00 バス ●湊地区(多福院板碑群・「御所入」伝護良親王仮御所)
  13:45 バス ●渡波地区
          (塩田跡地・「サンファン館」支倉常長復元船)
  15:00 バス ●中瀬地区
          (ハリストス教会 *中瀬へは内海橋を徒歩で)
  15:45 解散(石巻駅前)

 問い合わせ先
  実行委員会事務局:東北学院大学 経済学部 斎藤善之研究室
           (〒983-0824 仙台市青葉区土樋1-3-1
             TEL022-721-3321 FAX022-264-6530

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