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NIFTYの遺産(61)~赤穂藩森家の重臣・各務家

○○さん、こんにちは。

>>赤穂森家
>> 森宗兵衛○,     各務兵庫●,     森衛守●,
>> 森主税●,      森縫殿○,

 森家の重臣達について『森一族のすべて』(新人物往来社)に一部出ていたので紹介します。
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 初代元正は、森家の重臣として岩村城・長沼城の城代を務めています。2代元峯も森家の転封に従い美作に移り、美作高田城代を務めていますが、他の重臣二人と些細なことから死闘を演じ、責任を感じた元峯は自刃しています。
 5代利直の長男長生は重臣森采女三隆の養子を経て、藩主に就任、その弟政房も四代藩主に就任しています。
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 森主税家は津山藩三代藩主長武の養子長基に始まり、代々藩の重臣を務めました。幕末の赤穂藩家老森主税可彜は対立していた下級武士に討たれ、27歳で落命しました。彼には三人の女子がありましたが、他家に嫁いだので森主税家の家名は絶えました。(あやとたかの御子孫は現在でもいらっしゃるようです。)

 あとの森宗兵衛・森衛守・森縫殿ですが、森長可・長定(蘭丸)らの叔父可政の通称が宗兵衛で、宗兵衛及びその三男可春・四男正次・六男正信が津山藩初代藩主忠政に仕えてますのですので、森宗兵衛はその子孫でしょう。(三男可春の子孫でしょうか?)
 また赤穂藩第五代藩主忠洪の父は森縫殿正典ですので、彼の系統が森縫殿家でしょう。その諱に正の字が付いてますので正次の子孫でしょうか?
 あと一つ森衛守家も宗兵衛の子孫かもしれませんが、正信の子孫は森続之丞家として『森一族のすべて』にその系図が出ていますので、この系統ではないようです。
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