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北海道埋蔵文化財センター開館1周年記念講演会

 北海道埋蔵文化財センターで開館1周年記念の講演会が開かれましたので行ってきました。以下はその概要です。

「北海道考古学の諸問題~チャシをめぐって~」
          東京大学文学部教授 宇田川洋氏
     チャシの定義の問題
     チャシの機能の問題
     チャシ研究史の問題
     全面発掘調査からの問題
     サハリンでのチャシの問題
     新たな問題
     トコロチャシの調査成果からの問題

 内容的には以上の7つでしたが、1~3については当サイトの「城とチャシの部屋-道内のチャシ」のコーナーで記述したことのうち「(1)チャシという言葉、(2)チャシの分類、(3)チャシ研究小史、(4)チャシの機能」とほぼ同じですので省略します。ただ、今のところチャシと思われるものは全道で545ヶ所あり、最終的には700ヶ所ぐらいはあるだろうということ、それからユーカラなどの伝承に出てくるチャシが高い峰の上にあるものばかりなので、本来のチャシはそういう高い山の上にあったものであろう、だから山の頂部に作られている丘頂式といわれるチャシは古いタイプのチャシだろうというお話がありました。

 では全面発掘調査の行われた釧路町遠矢第2チャシ・釧路市フシココタンチャシ・弟子屈町サンペコタンチャシ・瀬棚町瀬田内チャシ・門別町トニカチャシ・平取町ユオイチャシ・同ポロモイチャシ・深川市内園2チャシ・音更町十勝川温泉チャシについて説明がありましたが、遺物がほとんど出ないチャシがあったりなどして、なかなかチャシの全貌が明らかにされるまでには至っていないというお話がありました。

 ではサハリンにおけるチャシには3種類あり、タイプ1:中国タイプの大型ゴロディシチェ(*)で、方形あるいはコの字形の壕・土塁などを持つもの、タイプ2:本来のチャシで天然の岩場や岬に壕と土塁を配するもの、タイプ3:自然の集落チャシで、築城的な手を加えていないものに別れるそうです。ただ最近発掘されたベロカーメンヤナチャシ(旧初子浜チャシ)はタイプ2の本来的なチャシの形態なんですが、発掘遺物などから考えて10~11世紀頃のものと思われ、一般的に考えられているチャシの年代(16~18世紀)とは大きなズレがあるとのことです。

 では古代防御性集落・環壕集落・高知性集落の問題を取り上げ、これらには集落のうち主要な数軒を壕・土塁などで区画し、後背地に集落の主体部を配置する「上北型」と大型で集落全体を壕・土塁等で囲む「津軽型」があり、これらと酷似した遺跡が北海道でも松前町原口館遺跡・乙部町小茂内遺跡・上ノ国町ワシリチャシ?など発見されている。これらの遺跡の年代は11世紀頃と考えられ、これらのチャシに似た遺跡がサハリン・東北北部・道南とチャシを挟むように発見されており、今までのチャシは16~18世紀のものという認識が今後崩されていくのかもしれないということをおっしゃっていました。

 では最近発掘された常呂町トコロチャシの発掘の様子の報告でしたが、珍しいことにここからは男性の人骨が埋められた土坑墓が発見されたそうです。

 * ゴロディシチェというのは防塞施設を持った都市及び村落の遺構のことで、ヨーロッパロシアからシベリアにかけて分布しているものです。

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