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弁天歴史公園に「快風丸」の模型展示

 我が石狩本町地区では23日・24日と「石狩さけまつり」が開催されましたが、それにあわせ旧石狩医院敷地に「弁天歴史公園」が開園しました。それを記念して公園内の運上棟のホールに快風丸の模型(水戸市立博物館所蔵)が展示してありました。

 快風丸というのは彼の水戸黄門こと徳川光圀公が南部・津軽両藩の助力で10年がかりで建造した船で、元禄元年(1688)石狩に派遣しています。この船は、長さ27尋(約40.9m)、幅9尋(約13.6m)、帆柱の高さ18尋(約27.3m)、木綿500反の帆と40丁の櫓を備え、海図や磁石、コンパスなど近代的な装備を持った船だったそうです。船長以下65人の水夫が乗り込み3年分の食料を積んで元禄元年2月那珂湊を出発し、松前藩に西蝦夷地行きの了承を得、6月に石狩川河口に到着しました。その後40日余り停泊し、地理やアイヌの生活などの調査も行いました。調査後、熊皮、干鮭、船で塩引きした鮭、ラッコ皮、トドの皮などを積んで水戸に帰国しました。


快風丸の模型の写真その1
快風丸の模型の写真その2
 ちなみに石狩限定なのかどうかは知りませんが、「快風丸」というラーメンが市内で売っております。そういえば、水戸光圀公は日本で初めてラーメンを食べたとかいう逸話がある方ですので、これも縁ということでしょうか?

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