NIFTY時代の遺産…(一部修正再掲)

 みなさんは、かつてパソコン通信というものがあったことはご存じでしょうか?
 今ではインターネットが当たり前のものとして存在しているけれど、インターネットが普及する前にはパソコン通信というネットワークが存在していました。
 私がパソコン通信を始めたのは、1996年の4月だからもう20年以上前のことです。きっかけは簡単なことからでした。その数年前にパソコン(今はなきNECの98シリーズというやつ)を買い、はじめの頃はゲーム(蒼き狼シリーズとか信長の野望・三国志シリーズなど)にはまっていた私でしたが、職場の同僚に「パソコン通信やってみたら?」と言われた一言からでした。早速モデムを購入し、PC-VAN(現BIGLOBE)とNifty-Serve(現@nifty)に入会、当然ながら歴史関係の所をのぞいていましたが、そのうちPC-VANには行かなくなり、もっぱらNIFTYに行くようになりました。
 NIFTYにはフォーラムという共通の趣味や話題について交流するサービスがあり、よく出入りしていたのはスタートレックフォーラムと歴史フォーラムでした。中でも歴史フォーラムには私が入会した数ヶ月後に系図についての会議室(一つのテーマについて交流できる所)ができたので、すっかりパソコン通信にはまってしまったのが、私のネット生活の原点でした。
 パソコン通信は、基本的には文字(テキスト)のみのやりとりなので、系図も―や|などの線をつないで表示するのですが、何度も繰り返すうちにすっかりテキストのみで系図を書くことに慣れてしまいました(^^;) その頃に系図会議室に投稿していたものが、2000年に開設した私のサイト「KUBOの家系城郭研究所」の当初の主要コンテンツとなっています。(「交代寄合」・「滅びた(?)名族」・「ユーグ・カペーの末裔」シリーズなど)
 パソコン通信当時の記録(ログ)は当時使っていたNifTermというソフトの中に残っていて、今でもNifTermを立ち上げると見ることはできるのですが、何しろWindows95用のソフトですので、いつ見ることができなくなるか分かりません。せっかく当時時間をかけて書いた系図や文書をそのまま消してしまうのももったいないので、このブログに転載してはどうかと考えたわけです。
 なにしろ文字のみで書いた系図なのできちんと表示されるかという部分がやや不安ですが、取りあえずやってみることにします(^^;)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ということで6年ほど前に始めたこのシリーズ。(92)まで投稿した所で中断していましたが、まだ若干ネタが残っていたので少し続けてみることにします。

| | コメント (0)

NIFTYの遺産(125)~ツルナゴーラのニエゴシ家

96年11月の書き込みです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

○○○ さん、こんにちは。

>>いや~「嫁ぎ先」、「王室関係」、「系図」って思考が発展すると「KUBO様」という
>>結論が・・・・・・・出てしまいまして。お答えいただき、本当に有り難うござい
>>ました。

 やっぱ、そうかなあ? 今度お暇でしたら、「系図のお部屋」にもおいで下さ
い。最近、「ヴィクトリア女王の子孫&先祖」何ていう連載をしてしまいました
ので...(^_^;)

>>おおっ・・・・・スラブしてるお名前。ゾルカって「ゾフィー」とかと同じで「ソフィア」
>>のツルナゴーラ名でしょうかねぇ。ミリツァなんてなんて読むんだろ。「ミリー」
>>とか・・・・「メアリー」かな?「スタナ」なんて短縮形だけど。

 ツルナゴーラの名前はよくわかりませんが、確かにスラブっぽい名前ではあり
ますね。
 ついでですので、『世界帝王系図集』他からツルナゴーラのニエゴシ家の系図
をご紹介します。ただし、名前の読み方につては、よくわからないので、間違い
があったら教えて下さい。

25_crna-gora

>>へ~っ!!すると「ツルナゴーラ・ペトロヴィッチ王家」は、ヨーロッパ王室の
>>血に脈々と流れてたんですね。ナポレオンにもからむとは・・・・・やっぱ「ヨ
>>ーロッパ王族は皆兄弟、王家はだた一つ」なんですか・・・・・。すると近代の
>>戦いの大半は「近親憎悪」から引き起こされた??・・・やっぱ迷惑なやっちゃ。

 「系図の部屋」でやった「ヴィクトリア女王の子孫&先祖」の連載でも、子
孫・先祖をたどっていくと、ほぼヨーロッパ全域にわたるのは圧巻でしたよ。イ
ギリスの王家ですけど女系も含めてたどっていくと、フランス・ドイツはもちろ
ん、スペイン・ポルトガルなどのイベリア半島諸国、デンマークなどの北欧諸
国、ポーランド・ハンガリー・ベーメンなどの中東欧諸国、はては今は亡きビザ
ンツ帝国にまでたどれましたからねえ(^_^;)

>>「歴史小説・創作」の方にアップしようかとも思いましたが、なにせ長い!!(^_^;)>
>>すでに断念した「タボル戦記」(もちろんこれは小説)は、フロッピーにあふれかえ
>>って、それでもまだプロコプが生きている状態・・・・・・。あんまり長いのはダメ
>>でしょうね・・・・・・。(その前に完成させろという話もございます)

 う~ん、どうでしょう?長くても分ければ別に良いんじゃないですか?一度あ
ちらで聞いてみたらどうでしょう。

>>すでに「宣伝用」の小作はいくつか出来ているので、「小説・創作」の部屋にアップ
>>しようかなぁ・・・・・12月4日近いけど。

 いいじゃないですか。読みたいなあ。アップして下さいよ(^^)
ところで、12月4日、何かあるんですか?

| | コメント (0)

NIFTYの遺産(124)~モロッコ王家

99年2月の書き込みです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

○○○○さん、はじめまして。

 ネタふり役としては、たくさんの方がレスをつけて下さり、うれしく思ってま
す(^^) 私ゃあ、イスラム系は余り詳しくないもんで...(^^;)

>>ちなみに、Muna 妃は映画『アラビアのロレンス』のヨルダンロケに参加
>>していた英国人スタッフ(電話交換手)のひとりでした。

 補足ありがとうございます。そうですかあ、ほんとシンデレラ・ガールですね。
だいたい日本じゃ、ヨーロッパの王家のことは話題になりますけど、それ以外の
王家のことは余り話題になりませんから、そんなことで知られてないんじゃない
でしょうか?

>>ところで、ムハンマドの子孫というと、モロッコの王家のことも
>>思い出すのですが、あちらの系図を調べた方はいらっしゃらない
>>でしょうか?

 えっ? モロッコの王家というとアラウィ王朝ですね。あの王家もムハンマド
(マホメット)の子孫なんですか? 知らなかった...(^^;) まあ、松本さんとちが
って、私の手持ちの資料というと日本語の『世界帝王系図集』『世界歴代王朝王
名総覧』ぐらいですからねえ(^^;)
 『世界帝王系図集』では、17世紀のスルタン・ムハンマド1世シャリーフから
系図が始まってます。『世界歴代王朝王名総覧』では、あっ、確かにムハンマド
1世の項に「預言者ムハンマドの子孫と推定されるアッシャリーフの息子」と書
いてありました。(でもこのアッシャリーフというのは『世界帝王系図集』でい
うムハンマド1世のことのようですが)でも、どういう系統なんだろう?

 ついでですので、モロッコ王家の系図を...

24_morocco

| | コメント (0)

NIFTYの遺産(123)~ハーシム王朝の系図

99年2月の書き込みです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

みなさん、こんにちは。

 時事ネタですが、ヨルダンのハーシム王朝の系図です。ただし、資料が『世界
帝王系図集』『世界歴代王朝王名総覧』等しかありませんので、略系図です。補
足してくださるのを期待してます(^^;)

23_alhshimyn

| | コメント (0)

NIFTYの遺産(122)~ズールー王国の系図

98年11月の書き込みです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

○○○ さん、こんにちは。

>> で、ズールー王家の系図ってあります? > 系図部屋の方(おい)

 9月の発言にレスもないですけど、今頃気が付きましたので『世界歴代王朝王
名総覧』をネタにズールー王家の系図を作ってみます(^^;)

22_zulu

>> もっとも、他のアフリカの「共和国」でも、地方君主はいるみたいですが・・・。

 何年か前に読売新聞で連載やってましたが、そのようですね。その切り抜きの
スクラップが見あたらないので詳細はよく覚えてませんが...

| | コメント (0)

NIFTYの遺産(121)~夏・殷朝の系図

98年11月の書き込みです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

○○○○さん、こんにちは。

>>古代中国の夏朝と殷朝の系図を教えて下さい。

 では夏王朝から...

20__20210223212001

 では次、殷王朝です。

21_

 

| | コメント (0)

NIFTYの遺産(120)~ホーエンツォレルン家

99年1月の書き込みです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

○○ さん、こんにちは。

>> あと、ホーエンツォレルン家でも貴賎結婚が原因で相次いで継承権者が変わって
>>しまったとは知りませんでした(結構、驚きでした~プロテスタント系の王家って
>>カトリック系より穏やかという先入観があったようで)。

 ついでですので系図を...(^^;)

19_hohenzollern

>> ハプスブルク家でもありましたし、この問題って王家に共通の悩みの種なので
>>しょうか?(ロシア王家なんて、継承権がある人間がマリア大公妃とゲオルギー
>>大公の母子2人だけなんですから…そのうち有資格者がいなくなるかも(^^; )

 もともと少ない王族同士の結婚なんてどんどん少なくなって行くでしょうから、
そんなことを言っていたらホント有資格者なんていなくなってしまうでしょうね。

>> ハプスブルク家というと、フランツ・フェルディナント大公の称号について
>>わざわざ洋書まで確認してくださってすいませんでした。

 いえいえ、資料としてコピーしたものが手元にあったので、それを見ただけで
すから(^^;)

| | コメント (0)

NIFTYの遺産(119)~ロマノフ家

98年12月の書き込みです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

○○ さん、こんにちは。

>>これは現在のロシア帝位請求権の継承はこの方法で行われているようですね。

 これはちょっと違うと思います。ロマノフ家の男系男子というのであれば、ヴ
ラディーミル大公の祖父で同名のヴラディーミルの弟パーヴェル大公の子孫がい
ますので。
 マーリヤ大公女がロシア帝位継承権を主張しているのは、アレクサンドル2世
の長男アレクサンドル3世の男系子孫が存在しないので、次男ヴラディーミルの
直系であるヴラディーミル大公、そしてその唯一の娘である自分が、継承権を引
き継いだと考えているからだでしょう。
 ただ、女系の継承を認めているのであれば、ニコライ2世の妹クセニア大公女
とその夫アレクサンドル大公(ニコライ1世の孫)の子孫の方が継承順位が上とい
うことになってしまいますが...? わからん、やっぱり○○さんに聞かなきゃ
ダメか。

18_romanov01

>>あと、これは質問になってしまうのですが、オーストリア帝位継承法も
>>女系継承だったのでしょうか?(フランツ・ヨーゼフ1世の死去時、ハプスブルク
>>家の男子と結婚していた皇女がいたにもかかわらず、姪孫のカール1世に継承され
>>た。)

 いえ、ハプスブルク家の場合は、男系継承でしょう。唯一の例外はマリア・テ
レジアですが、あの場合は特例ということで、父親のカール6世が根回しして、
列強の承認を得たけれど、その死後にその約束を反故にして、オーストリア継承
戦争が起こったのでなかったでしたっけ?
 ですから、フランツ・ヨーゼフの皇太子は、最初息子のルドルフでしたが、ル
ドルフが死んでフランツ・ヨーゼフの男系子孫がいなくなったので、彼の弟カー
ル・ルードヴィッヒの長男フランツ・フェルディナントが引き継ぎました。しか
し、彼の妃のゾフィーはボヘミアの伯爵家出身という身分違いの結婚だったので、
彼自身の子孫の継承権は認められず、彼がサラエボで暗殺されたあとは、弟の子
カール(フランツ・ヨーゼフにとっては弟の孫)が皇太子となり、フランツ・ヨー
ゼフの死後即位してカール1世となったわけです。

| | コメント (0)

NIFTYの遺産(118)~古代エジプト王朝の系図

98年11月の書き込みです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

○○さん、○○ さん、こんにちは。

>>古代エジプト王朝の王の表、在位年代などもわかるようなものは
>>どこかにデータであるでしょうか?

 ということですが、『世界歴代王朝王名総覧』は○○さんがすでにご紹介しま
したので、他の資料を...(^^;)
 えっと、『世界帝王系図集』(近藤出版社、下津清太郎/編)という本がありま
すが、これも¥23,000ほどしますので、図書館で見る方がいいでしょう。私が持
っているのは旧版なのですが、系図が載っているのは第4・第18・第19・第26王
朝、そしてプトレマイオス朝です。
 ただし、第4王朝は例によってクフ王・カフラ王・メンカウラ王ぐらいしか載
っておらず、第26王朝も系図というより、王の名前が並んでいるというだけ、と
いう感じです。
 一応、以下に掲げてみますね。

14_egypt01 15_egypt02

16_egypt03 17_egypt04

 『世界王朝王名総覧』ではPtolemaios VIの息子がPtolemaios VII(在位145)に
なっていて、あとは一代ずつずれていって、Cleopatra VIIの息子Cesarionが
Ptolemaios XVになってます。

 とりあえずご参考までに。

| | コメント (0)

NIFTYの遺産(117)~シチリア王家(6) ブルボン家

98年11月の書き込みです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

最後はスペイン・ブルボン家、そしてその分家である両シチリア王家です。

13_sicilia08

| | コメント (0)

NIFTYの遺産(116)~シチリア王家(5) ハプスブルク家

これからあとは、スペイン王とほとんど重なるんですが、一応...(^^;)

12_sicilia07

| | コメント (0)

«NIFTYの遺産(115)~シチリア王家(4) アラゴン家(2)